2011年8月27日土曜日

木烏神社の鳥居

本島泊の木烏神社にりっぱな鳥居があります。
この鳥居は丸亀市の文化財に指定されています。
高さ4.5メートル、柱間4.55メートルで
笠木には反りがあり両端は丸く盛り上がっています。
(蕨手)

島木はうすく明神鳥居の様式。
柱は長径となっており、転びがある。
柱と貫の楔はない。
台石はなく地中深く埋め込んでいます。

寛永4年(1627)に年寄(塩飽の最高権力者)
宮本伝太夫道意の子で宮本半右衛門正信が
建てた。石工は薩摩の紀加兵衛で
八幡神社の鳥居も1628年に同石工の
作である。



2011年8月8日月曜日

お盆へ

本島はお盆へ・・・・
これからしばらくは
帰省客や海水客、中には観光客と
一年で一番にぎやかになります。いつも
こうだと良いのだけれど。




               正覚院(やまでら)の火祭りも
                     終わり



夏真っ盛り
泊海水浴場



泊の古民家での
現代アート展の
準備も、真っ盛りで
(8月13日開幕予定)
面白そう



我が家のヒマワリも
元気いっぱいです



追記
塩飽史談会編集の
塩飽史年表が完成
観光案内所にて限定
発売中です

2011年8月6日土曜日

塩飽大工の里

塩飽は古来、時代に沿って水軍から廻船そして塩飽大工とその姿を
変えて来ました。特に江戸後期から明治にかけて讃岐、備中、備前の
寺院仏閣を多数建てたと言われています。また大阪、神戸の建築も
多く手掛けています。私の家も祖父以前はそうだったようです。納屋には
珍しい大工道具の錆びついた物がたくさんあったのを記憶しています。
もっとも腕のいい棟梁だったかどうかは分かりませんが。
下記はごく一部です。

                     備中国分寺
                      五重塔
                     棟梁 橘 和平




善通寺五重塔
棟梁 橘 貫五郎



大工養成の組合立塩飽補習工業学校の
生徒達による卒業記念で建てた
笠島尾上神社



三所神社本殿横の
彫り物
橘貫五郎作といわれる



正覚院正面玄関上
にある見事な彫刻
同じく橘貫五郎作と
いわれる




千歳座




常福寺 

夫婦倉 
棟梁 物部喜代七