2011年8月6日土曜日

塩飽大工の里

塩飽は古来、時代に沿って水軍から廻船そして塩飽大工とその姿を
変えて来ました。特に江戸後期から明治にかけて讃岐、備中、備前の
寺院仏閣を多数建てたと言われています。また大阪、神戸の建築も
多く手掛けています。私の家も祖父以前はそうだったようです。納屋には
珍しい大工道具の錆びついた物がたくさんあったのを記憶しています。
もっとも腕のいい棟梁だったかどうかは分かりませんが。
下記はごく一部です。

                     備中国分寺
                      五重塔
                     棟梁 橘 和平




善通寺五重塔
棟梁 橘 貫五郎



大工養成の組合立塩飽補習工業学校の
生徒達による卒業記念で建てた
笠島尾上神社



三所神社本殿横の
彫り物
橘貫五郎作といわれる



正覚院正面玄関上
にある見事な彫刻
同じく橘貫五郎作と
いわれる




千歳座




常福寺 

夫婦倉 
棟梁 物部喜代七

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